【言語文化・古典探究】土佐日記 〜 亡児・羽根 〜 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)

古典読解

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土佐日記とは

「土佐日記」は平安時代前期の935年ごろに書かれた、日本最古の日記文学です。

作者は「古今和歌集」の選者の1人であった、紀貫之になります。

「男もすなる日記といふものを,女もしてみむとてするなり。」で始まるように、当時は女文字として使われていた「仮名文字(平仮名)」で書かれているのが特徴になります。

内容は、主人公である紀貫之が国司としての任期を終え、土佐から京に戻るまでに体験したことを綴った紀行文になります。

「土佐日記」と同じ時期に書かれた作品には「竹取物語」や「伊勢物語」、「大和物語」などがあります。

「亡児・羽根」の大まかな内容

 大津を出て浦戸へ向かう船旅の中、土佐で亡くなった幼い娘を思い、人々は都へ帰る喜びよりも悲しみに沈む。娘を恋う歌が詠まれ、周囲も涙を抑えきれない。旅の途中、子どもの言葉をきっかけに都への帰心が語られるが、それも亡き娘への思いを呼び起こす。人数の減った帰路に、親が子を思う情の深さが改めて強く意識される。

原文

 二十七日。大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに、京にて生まれたりし女子、国にてにはかに失せにしかば、このごろの出で立ちいそぎを見れど、何ごとも言はず。京へ帰るに女子のなきのみぞ、悲しび恋ふる。ある人々もえ堪へず。この間に、ある人の書きて出だせる歌、

  都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり

また、ある時には、

  あるものと忘れつつなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける

 十一日。暁に舟を出だして、室津を追ふ。人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。ただ月を見てぞ、西東をば知りける。かかる間に、みな、夜明けて、手洗ひ、例のことどもして、昼になりぬ。今し、羽根といふ所に来ぬ。わかき童、この所の名を聞きて、「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある。」と言ふ。まだをさなき童の言なれば、人々笑ふ時に、ありける女童なむ、この歌をよめる。

  まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな

とぞ言へる。男も女も、いかでとく京へもがなと思ふ心あれば、この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず。この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。今日はまして、母の悲しがらるることは。下りし時の人の数足らねば、古歌に、「数は足らでぞ帰るべらなる。」といふことを思ひ出でて、人のよめる、

  世の中に思ひやれども子を恋ふる 思ひにまさる思ひなきかな

と言ひつつなむ。

現代語訳

 二十七日。大津から浦戸を目指して漕ぎ出す。こうあるうちに、京都で生まれた女の子が、(土佐の)国で急に亡くなってしまったので、最近の出発の準備を見ても、何ごとも言わない。京へ帰るのに、女の子がいないことばかり悲しみ恋しがる。そこにいる人たちも堪えることができない。この間に、ある人が書いて出した歌、

  都へと思うのに、なんとなく悲しいのは、帰らない人がいるからなのだなあ

またあるときには

  まだ生きているものだと、忘れてはまた、なおも亡くなった人を、どこにいるのかと尋ねるのは悲しいことだなあ

 十一日。夜明け前に船を出して、室津を目指して行く。人々は皆まだ寝ているので、海の様子も見えない。ただ月を見て、東西を知った。こうしているうちに、すっかり夜が明けて、手を洗い、いつもしていることをして、昼になった。ちょうど今、羽根というところに来た。幼い子どもが、この場所の名を聞いて、「羽根というところは、鳥の羽のような形をしているのか。」と言う。まだ幼い子どもの言葉なので、人々が笑うときに、その場にいた女の子が、この歌を詠んだ、

  本当に名に聞く場所が羽であるならば、飛ぶように都へ帰りたいものだなあ。

と言った。男も女も、どうにか早く京都へ帰りたいと思う心があるので、この歌が、上手だというわけではないが、本当にと思い、人々は忘れない。この羽根というところについて尋ねる子どもがきっかけで、また亡くなった女の子のことを思い出し、いつになったら忘れるだろうか。今日は特に、母が悲しがっていらっしゃることだ。下ったときの人数が足りないので、昔の歌に、「数が足りないで帰るようだ。」ということを思い出して、ある人が詠んだ、

  この世の中で、いろいろと思いやるけれども、子を恋しく思う思いにまさる思いはないことだよ

と繰り返し言って。

解説(ポイントのみ)

①二十七日。大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。かくあるうちに、京にて生まれたりし女子、国にてにはかに失せにしかば、このごろの出で立ちいそぎを見れど、何ごとも言はず。

「たり」は連用形に接続しているため「完了」の助動詞。「女子」は「おんなご」と読む。失せ「に」は連用形に接続しているため「完了」の助動詞。

②京へ帰るに女子のなきのみぞ、悲しび恋ふる。ある人々もえ堪へず。この間に、ある人の書きて出だせる歌、

「ぞ」は「強意」の係助詞で。結びの語は「恋ふる」。「え」は打消しの語を伴って「~できない」と訳す。「る」はサ行四段活用已然形に接続しているため「完了」と判断する。

③都へと思ふをものの悲しきは帰らぬ人のあればなりけり

「ぬ」は未然形に接続しているため「打消」の助動詞。「なり」は接続助詞に接続しているため「断定」の助動詞。「けり」は「詠嘆」の助動詞。

④また、ある時には、

⑤あるものと忘れつつなほなき人をいづらと問ふぞ悲しかりける

「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「ける」。「ける」は「詠嘆」の助動詞。

⑥十一日。暁に舟を出だして、室津を追ふ。人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。ただ月を見てぞ、西東をば知りける。

「たれ」は連用形に接続しているため「存続」の助動詞。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「ける」。

⑦かかる間に、みな、夜明けて、手洗ひ、例のことどもして、昼になりぬ。今し、羽根といふ所に来ぬ。

なり「ぬ」と 来「ぬ」は連用形に接続しているため「完了」の助動詞。

⑧わかき童、この所の名を聞きて、「羽根といふ所は、鳥の羽のやうにやある。」と言ふ。

「や」は疑問の係助詞で、結びの語は「ある」。

⑨まだをさなき童の言なれば、人々笑ふ時に、ありける女童なむ、この歌をよめる。

「なれ」は体言に接続しているため「断定」の助動詞。「なむ」は強意の係助詞で、結びの語は「る」。「る」は四段已然形に接続しているため「完了」の助動詞。

⑩まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな

「なら」は体言に接続しているため「断定」の助動詞。「ごとくに」は「比況」の助動詞。

⑪とぞ言へる。男も女も、いかでとく京へもがなと思ふ心あれば、この歌、よしとにはあらねど、げにと思ひて、人々忘れず。

「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「る」。「る」は四段已然形に接続しているため「完了」の助動詞。「に」は格助詞に接続しているため「断定」の助動詞。

⑫この羽根といふ所問ふ童のついでにぞ、また昔へ人を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。今日はまして、母の悲しがらるることは。

「か」は疑問の係助詞で、結びの語は「忘るる」。「るる」は未然形に接続しているため「尊敬」の助動詞。

⑬下りし時の人の数足らねば、古歌に、「数は足らでぞ帰るべらなる。」といふことを思ひ出でて、人のよめる、

「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「べらなる」。「べらなる」は「推量」の助動詞。「る」は四段已然形に接続しているため「完了」の助動詞。

⑭世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな

「かな」は「詠嘆」の終助詞。

⑮と言ひつつなむ。

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問題は

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土佐日記「亡児」 品詞分解 問題①

土佐日記「亡児」 品詞分解 問題②

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