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土佐日記とは
「土佐日記」は平安時代前期の935年ごろに書かれた、日本最古の日記文学です。
作者は「古今和歌集」の選者の1人であった、紀貫之になります。
「男もすなる日記といふものを,女もしてみむとてするなり。」で始まるように、当時は女文字として使われていた「仮名文字(平仮名)」で書かれているのが特徴になります。
内容は、主人公である紀貫之が国司としての任期を終え、土佐から京に戻るまでに体験したことを綴った紀行文になります。
「土佐日記」と同じ時期に書かれた作品には「竹取物語」や「伊勢物語」、「大和物語」などがあります。
「門出」の大まかな内容
紀貫之が、ある年の12月21日の午後8時ごろに土佐を出発したときの話になります。
国司としての任期を終え、住んでいた場所から、帰るための船のある場所へ移動します。
そこで見送りに来てくれた多くの人たちと大騒ぎしているうちに、夜が明けてしまった。
原文
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
それの年の、十二月の二十日あまり一日の日の戌の時に門出す。その由、いささかにものに書きつく。
ある人、県の四年五年果てて、例のことどもみなし終へて、解由など取りて、住む館より出でて、船に乗るべき所へ渡る。かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろよく比べつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。上中下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれあへり。
二十三日。八木のやすのりといふ人あり。この人、国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。これぞ、たたはしきやうにて、馬のはなむけしたる。守柄にやあらむ、国人の心の常として、「今は。」とて見えざなるを、心ある者は、恥ぢずになむ来ける。これは、物によりて褒むるにしもあらず。
二十四日。講師、馬のはなむけしに出でませり。ありとある上下、童まで酔ひ痴れて、一文字をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
現代語訳
男も書くという日記というものを、女も書いてみようと思って、するのである。
ある年の十二月二十一日の午後八時ごろに、出発する。そのときの様子を、少しばかりものに書きしるす。
ある人が、国守の任期である四、五年が終わって、通例の引き継ぎも全て終わらせて、解由状などを受け取って、住んでいる館から出て、船に乗るべきところへ移る。あの人やこの人、知っている人も知らない人も、見送りをする。長年、親しく付き合ってきた人々は、別れがたく思って、一日中あれこれ世話をしながら、大騒ぎしているうちに、夜が更けてしまった。
二十二日に、和泉の国まではと、無事であるようにと神仏に祈願する。藤原のときざねが、船旅であるけれど、馬のはなむけをする。身分の高い人も、中流の人も、低い人も、すっかり酔っぱらって、たいそう不思議なことに、海のそばでふざけあっている
二十三日。八木のやすのりという人がいる。この人は、国司の役所で必ずしも召し使っている者でもないようである。この者は、厳かな様子で馬のはなむけをしてくれた。国司としての人柄であろうか、国の人の心情としては、「今は」といって顔を見せないようだが、道理をわきまえている者は、気にせずに来た。これは、送別の品をもらったからほめるというわけでもない。
二十四日。高僧が馬のはなむけをしにおいでになった。身分が高い者身分が低い者、子どもまでがひどく酔って、一という文字さえ知らない者が、その足は十という文字を書くような調子をとって足踏みをして楽しんでいる。
解説(ポイントのみ)
①男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
「なり」は終止形接続なので「伝聞」、「なり」は連体形接続なので「断定」となる。「む」は動作主が作者である紀貫之だとわかるので「意志」の助動詞。
②それの年の、十二月の二十日あまり一日の日の戌の時に門出す。その由、いささかにものに書きつく。
「それの年」は紀貫之が土佐を出発した年。「戌の時」は午後8時。昔の時刻は、午後11時から2時間ごとに十二支で数えていた(例 午前1時から午前3時は丑の刻)。
③ある人、県の四年五年果てて、例のことどもみなし終へて、解由など取りて、住む館より出でて、船に乗るべき所へ渡る。
「県(アガタ)」はここでは国司の意味。「四年五年」はヨトセイツトセ と読む。「解由」は国司の引き継ぎ書。「べき」は当然の助動詞。
④かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろよく比べつる人々なむ、別れ難く思ひて、日しきりにとかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
知ら「ぬ」は上が未然形なので、「打消」と判断。「年ごろ」は長年という意味。「なむ」は係助詞だが「結びの流れ」で結びの語は省略。更け「ぬ」は連用形接続なので「完了」。
⑤二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。
「和泉の国」は現在の大阪府周辺。「馬のはなむけ」は現在の送別会のようなもの。
⑥上中下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれあへり。
「上中下(カミナカシモ)」身分の位を表している。「あざる」はふざけるという意味の「戯る」と魚などが腐敗する「鯘る」の2つの意味で使われている(掛詞)。
⑦二十三日。八木のやすのりといふ人あり。この人、国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。
「ざ」は打消の助動詞「ず」の連体形「ざる」が音便化したもの。
⑧これぞ、たたはしきやうにて、馬のはなむけしたる。守柄にやあらむ、国人の心の常として、
「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「たる」。「や」は疑問の係助詞で、結びの語は「む」。「守柄」は国司の人柄という意味。
⑨「今は。」とて見えざなるを、心ある者は、恥ぢずになむ来ける。これは、物によりて褒むるにしもあらず。
「ざ」は打消の助動詞「ず」の連体形「ざる」が音便化したもの。「なむ」は強意の係助詞で、結びの語は「ける」。
⑩二十四日。講師、馬のはなむけしに出でませり。
講師は「かうじ(こうじ)」と読み、僧侶を意味する。「せり」は尊敬の補助動詞。
⑪ありとある上下、童まで酔ひ痴れて、一文字をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
「上下」は身分を表している。「ぬ」は未然形接続のため「打消」と判断する。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「遊ぶ」。
練習問題
問題は
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②読解問題
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土佐日記「門出」 読解問題②
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