更級日記の「門出(あこがれ・東路の道の果て)」の解説と問題を無料で閲覧・ダウンロードすることができます!
更級日記とは
「更級日記」は平安時代中期ごろ、菅原孝標女によって書かれた日記文学です。
学問の神様で知られる菅原道真の子孫で、「蜻蛉日記」を書いた藤原道綱母と親戚関係にあります。
菅原孝標女は本名がわかっておらず、菅原孝標の次女だったため女(むすめ)と呼ばれています。
内容は、1020年(孝標女が13歳のとき)に父 菅原孝標の上総での任期が終わり旅立つところから、夫の橘俊通が亡くなり孤独な生活が始まるまでの回顧録です。
「更級日記」の由来は「古今和歌集」の一首から引用されたとされています。
同じ時期の日記文学としては、「蜻蛉日記」「御堂関白記」「紫式部日記」などがあります。
「門出・あこがれ・東路の道の果て」の大まかな内容
関東の果てに住んでいた筆者(菅原孝標女)は「物語」を読みたいと思いながら過ごしていました。等身大の薬師仏を作っては、上京して物語を読みたいと拝んでいました。13歳の時に、父の任期が終わり、上京することが叶いますが、等身大の薬師仏を置いていかなければならないことに涙を流します。
原文
東路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、世の中に物語といふもののあなるを、いかで見ばやと思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居などに、姉、継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人まにみそかに入りつつ、「京にとく上げたまひて、物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せ給へ」と、身を捨てて額をつき、祈り申すほどに、十三になる年、上らむとて、九月三日門出して、いまたちといふ所に移る。
年ごろ遊び慣れつる所を、あらはにこぼち散らして、立ち騒ぎて、日の入りぎはの、いとすごく霧り渡りたるに、車に乗るとて、うち見やりたれば、人まにはまゐりつつ、額をつきし薬師仏の立ちたまへるを、見捨て奉る悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。
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【言語文化・古典探究】更級日記 〜門出〜② 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)
現代語訳
東海道の果てよりも、さらに奥の方で育った人は、どれほど見苦しかっただろうに、どうしてそう思い始めたのか、世の中に物語というものがあるそうだが、何とかして見てみたいと思い続けて、手持ち無沙汰な昼間や、夜起きているときなどに、姉や継母などのような人々が、その物語、あの物語、光源氏のありさまなどをところどころ語るのを聞くと、ますます知りたい気持ちが募るのだが、私が望むように、何も見ないでどうして思い出して話してくれようか、いや、してくれない。たいそうじれったいので、等身大の薬師仏を作って、手を洗い清めるなどして、人のいないときにひそかに入っては、「京に早く上らせなさり、物語が多くございますというのを、この世にある限りお見せください。」とひれ伏して額をつけて、お祈り申し上げているうちに、十三歳になる年に、京に上ろううということで、九月三日に門出をして、いまたちという所へ移った。
長い間遊びなれた家を、中が丸見えになるほど乱雑に壊し、大騒ぎをし、日が沈むところで、とても物寂しく霧が一面にたちこめているときに、牛車に乗ろうとして、目を向けたところ、人目のないときに何度もお参りしては、額をついてお祈りしていた薬師仏が立っていらっしゃるのを、見捨て申し上げることが、悲しくて、人知れず自然と泣いてしまった。
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【言語文化・古典探究】更級日記 〜門出〜② 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)
解説(ポイントのみ)
①東路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、
「東路」は「東海道」のことを意味している。いかばかり「か」は「疑問」の係助詞で結びの語は省略されている。こと「に」は体言に接続しているため「断定」と判断。「か」は「疑問」の係助詞で結びの語は省略されている。
②世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばやと思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居などに、姉、継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、
「あんなる」はラ行変格活用「あり」の連体形と伝聞の助動詞「なり」が音便化したもので、「あなる」と短縮された表記がされることもある。「ばや」は願望の終助詞で「〜したい」と訳す。「つれづれ」は「退屈な・暇な」と訳す。人々「の」は主格の格助詞。
③いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。
「いかで」は反語で「どうして〜だろうか、(いや〜ない)」と訳す。「む」は文末にあり、主語が三人称なので「推量」の助動詞と判断する。
④いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人まにみそかに入りつつ、
⑤「京にとく上げたまひて、物語の多くさぶらふなる、あるかぎり見せ給へ」と、身を捨てて額をつき、祈り申すほどに、
とく「たまひ」は尊敬語で「筆者から薬師仏」への敬意。「さぶらふ」は丁寧語で「筆者から薬師仏」への敬意。「なり」は終止形に接続しているため「伝聞」の助動詞と判断。見せ「給へ」は尊敬語で「筆者から薬師仏」への敬意。「申す」は謙譲語で「筆者から薬師仏」への敬意。
⑥十三になる年、上らむとて、九月三日門出して、いまたちといふ所に移る。
「む」は上に「申す」という謙譲語があることから「意志」の助動詞と判断。
⑦年ごろ遊び慣れつる所を、あらはにこぼち散らして、立ち騒ぎて、日の入りぎはの、いとすごく霧り渡りたるに、
「年ごろ」は「長い間」という意味。「つる」は「完了」の助動詞。
⑧車に乗るとて、うち見やりたれば、人まにはまゐりつつ、額をつきし薬師仏の立ちたまへるを、
「まゐり」は謙譲語で「筆者から薬師仏」への敬意。「たまへ」は尊敬語で「筆者から薬師仏」への敬意。「る」は四段活用命令形に接続しているため「存続」と判断。
⑨見捨て奉る悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。
「奉る」は謙譲語で「筆者から薬師仏」への敬意。「れ」は泣くという自発動詞に接続しているため「自発」と判断。「ぬ」は連用形接続なので「完了」と判断する。
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【言語文化・古典探究】更級日記 〜門出〜② 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)
練習問題(PDFダウンロード可能)
問題は
①本文中にある動詞・助動詞の確認問題(品詞分解)
②読解問題
の2パターンあります。
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学校で学習してない文法事項や知識があった場合は解かずに次の問題を解いてください。
更級日記「門出」 読解問題②
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