【言語文化・古典探究】徒然草 〜をりふしの移り変はるこそ〜 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)

古典読解

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徒然草とは

「徒然草」は鎌倉時代末期の1330年頃に吉田兼好(兼好法師)によって書かれた随筆です。

清少納言の「枕草子」、鴨長明の「方丈記」とともに三大随筆の1つとされ、現代においても高く評価されている作品です。

「つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」という有名な一文で始まり、224段あります。

世の中は「無常(一定ではないということ)」であり、何かに執着することはよくない、という「死生観」について書かれています。

タイトルの「つれづれ」は「変化のない環境で感ずる退屈」を意味し、「草」は「書物」を意味します。

同じ時代の作品には、「増鏡」や「無名草子」などがあります。

「をりふしの移り変はるこそ」の大まかな内容

 四季それぞれに趣深い情景があり、春や秋などの季節で、花や鳥の声、祭り、自然の移ろいなどに心を動かされるものについて述べ、このような情景は「源氏物語」や「枕草子」でも述べられているが、思ったことを言わないと気持ちが悪いので、書いた。という内容です。

原文

 をりふしの移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ。

 「もののあはれは秋こそまされ。」と、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。鳥の声などもことのほかに春めきて、のどやかなる日かげに、垣根の草萌え出づるころより、やや春深くかすみわたりて、花もやうやう気色だつほどこそあれ、をりしも雨風うち続きて、心あわたたしく散り過ぎぬ。青葉になりゆくまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。花橘は名にこそ負へれ、なほ、梅のにほひにぞ、いにしへのことも立ち返り恋しう思ひ出でらるる。山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。

 「灌仏のころ、祭りのころ、若葉の、梢涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ。」と人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。五月、あやめふくころ、早苗とるころ、水鶏のたたくなど、心細からぬかは。六月のころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるもあはれなり。六月祓またをかし。七夕祭るこそなまめかしけれ。

 やうやう夜寒になるほど、雁鳴きて来るころ、萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、取り集めたることは秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。

 言ひ続くれば、みな「源氏物語」「枕草子」などにことふりにたれど、同じこと、また今さらに言はじとにもあらず。おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。

 

現代語訳

 季節が移り変わることは、それぞれにつき趣き深い。

 「しみじみとした情趣は秋がすぐれている。」と、誰もが言うようだが、それももっともなことで、さらにいっそう心が浮き立つものは、春の情景であるようだ。鳥の鳴き声などもことのほか春らしくなって、穏やかな日差しに、垣根の草が芽を吹くころから、しだいに春も深まり一面に霞がたちこめて、桜の花もだんだん咲き始めるになるころだが、ちょうどそのとき雨風が続いて、あわただしく散っていってしまう。青葉になるまで、何かにつけてただ心ばかりを悩ませる。橘の花は有名だが、やはり、梅の香こそ、昔のことも立ち戻って恋しく思いだされる。山吹の花が美しく、藤の花がぼんやりとしている、すべて、そのまま見捨てがたいものが多い。

 「灌仏会のころ、葵祭りのころ、若葉の梢が涼しそうに茂っていくころ、世のしみじみとした情趣も、人の恋しさもまいっそう深まる。」とある人がおっしゃったのは、まったくその通りである。五月、軒に菖蒲の葉を挿すころ、早苗を取るころ、水鳥が戸をたたくような音で鳴くことなど、心細くないのだろうか、いや、寂しい趣きがある。六月のころ、みすぼらしい家に夕顔が白く見えて、蚊遣火がくすぶるのもしみじみとした趣がある。六月祓も、また趣がある。七夕を祭る様子こそ優雅である。

 しだいに夜が寒くなるころ、雁が鳴いて来るころ、萩の下葉が色づくころ、早稲の田の稲を刈り取って干すなど、取り集めていることは秋だけが多い。また、台風の翌朝は趣がある。

 言い続けてくると、みな「源氏物語」や「枕草子」などに言い古されていることだが、同じことを、また今さら言うまいというわけでもない。思っていることを言わないのは、腹が膨れるようになことなので、筆にまかせながら、つまらない慰みごとで書いたらすぐに破り捨てるはずのものであるので、人が見るはずのものでもない。

解説(ポイントのみ)

①をりふしの移り変はるこそ、ものごとにあはれなれ。

「をりふし」は「季節」を意味する。「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「あはれなれ」。

②「もののあはれは秋こそまされ。」と、人ごとに言ふめれど、それもさるものにて、いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあめれ。

秋「こそ」は強意の係助詞で、結びのごは「まされ」。「に」はて体言に接続しているため「断定」と判断する。気色に「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「めれ」。「あめれ」はラ変「あり」と推定の助動詞「めれ」が音便化したもの。

③鳥の声などもことのほかに春めきて、のどやかなる日かげに、垣根の草萌え出づるころより、やや春深くかすみわたりて、

「日かげ」は「日の光」を意味する。

④花もやうやう気色だつほどこそあれ、をりしも雨風うち続きて、心あわたたしく散り過ぎぬ。青葉になりゆくまで、よろづにただ心をのみぞ悩ます。

「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「あれ」。「こそあれ」で逆接を表す。「ぬ」は連用形に接続しているため「完了」と判断する。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「悩ます」。

⑤花橘は名にこそ負へれ、なほ、梅のにほひにぞ、いにしへのことも立ち返り恋しう思ひ出でらるる。

「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「れ」。「ぞ」は強意の係助詞で、「らるる」。「らるる」は「思ひ出で」という自発動詞に接続しているため「自発」。

⑥山吹の清げに、藤のおぼつかなきさましたる、すべて、思ひ捨てがたきこと多し。

「たる」は連用形に接続しているため「存続」。

⑦「灌仏のころ、祭りのころ、若葉の、梢涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ。」と人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。

「祭り」は「葵祭」を表している。ほど「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「まされ」。「られ」は「尊敬」の助動詞。られし「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「なれ」。

⑧五月、あやめふくころ、早苗とるころ、水鶏のたたくなど、心細からぬかは。

「五月」は「さつき」と読む。「ぬ」は未然形に接続しているため「打消」と判断。

⑨六月のころ、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるもあはれなり。六月祓またをかし。

「六月」は「みなづき」、「蚊遣火」は「かやりび」と読む。

⑩七夕祭るこそなまめかしけれ。やうやう夜寒になるほど、雁鳴きて来るころ、萩の下葉色づくほど、早稲田刈り干すなど、取り集めたることは秋のみぞ多かる。また、野分の朝こそをかしけれ。

「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「なまめかしけれ」。「たる」は連用形に接続しているため「存続」。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「多かる」。「朝」は「あした」と読む。

⑪言ひ続くれば、みな「源氏物語」「枕草子」などにことふりにたれど、同じこと、また今さらに言はじとにもあらず。

「に」は連用形に接続しているため「完了」。「じ」は「打消意志」の助動詞。

⑫おぼしきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。

「ぬ」は未然形に接続しているため「打消」の助動詞。「なれ」は体言に接続しているため「断定」。すさび「に」は体言に接続しているため「断定」。「べき」は「当然」の助動詞。

問題(PDFダウンロード可能)

問題は

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②読解問題

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