【言語文化・古典探究】宇治拾遺物語 〜絵仏師良秀〜 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)

古典読解

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宇治拾遺物語とは

「宇治拾遺物語」は鎌倉時代初期の1220年ごろに書かれた説話集です。作者不詳。

197の説話からなり、上下の2巻または、15巻に納められている。

序文によると、平安時代に成立した『宇治大納言物語』に入らなかった説話(「宇治に遺れるを拾ふ」と書かれている)とそれ以降に書かれた説話をまとめたものだとされています。

内容は、仏教説話系と世俗説話系の2つに分かれ、身分を問わず、様々な人物の視点で書かれています。他にも中国、インドなどの説話も収録されています。

「わらしべ長者」など現在でも有名な話のモデルになったり、芥川龍之介の「鼻」は宇治拾遺物語の「鼻⻑き僧の事」から着想を得て書いたとされていたりと様々なものに影響を与えています。

鎌倉時代に書かれた説話は「古今著聞集」や「沙石集」などがあります。

「絵仏師良秀」の大まかな内容

 仏の絵を描く絵仏師の良秀という人の住む家の隣から火災が発生し、良秀が住んでいた家にも燃え移ります。良秀は逃げることができましたが、良秀の妻と子供は逃げ出せず取り残されてしまいます。その様子を見た良秀は、うなずきながら笑っていました。周りにいた人が不思議に思い話を聞くと、このように燃えるのだと理解し、今までうまく描けなかった長年不動明王の火炎う上手に書くことができる。仏の絵を描くことができれば、儲けることができると笑うのでした。その事件後、良秀の絵は高く賞賛されるのでした。

原文

 これも今は昔、絵仏師良秀といふありけり。家の隣より火出で来て、風おしおほひてせめければ、逃げ出でて、大路へ出でにけり。人の書かする仏もおはしけり。また衣着ぬ妻子なども、さながら内にありけり。それも知らず、ただ逃げ出でたるをことにして、向かひのつらに立てり。

 見れば、すでにわが家に移りて、煙、炎くゆりけるまで、おほかた向かひのつらに立ちて眺めければ、「あさましきこと。」とて、人ども来とぶらひけれど、騒がず。「いかに。」と人言ひければ、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて、時々笑ひけり。「あはれ、しつるせうとくかな。年ごろはわろくかきけるものかな」と言ふ時に、とぶらひに来たる者ども、「こはいかに、かくては立ちたまへるぞ。あさましきことかな。物のつきたまへるか。」と言ひければ、「なんでふ物のつくべきぞ。年ごろ不動尊の火炎を悪しくかきけるなり。今見れば、かうこそ燃えけれと、心得つるなり。これこそせうとくよ。この道を立てて世にあらんには、仏だによくかきたてまつらば、百千の家も出で来なん。わたうたちこそ、させる能もおはせねば、物をもをしみたまへ。」と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。

 その後にや、良秀がよぢり不動とて、今に人々愛で合へり。

現代語訳

 これも今となっては昔のことだが、絵仏師良秀という者がいた。家の隣から火事が起こり、風が覆いかぶさるようにせまってきたので、逃げ出して、大通りに出た。人が描かせている仏もいらっしゃた。また衣服を身につけていない妻や子どもも、そのまま中にいた。それを気にせず、ただ逃げ出したのをよしとして、向かい側に立っていた。

 見ると、すでに自分の家に燃え移って、煙や炎が立ち上がったときまで、向かい側に立って眺めていたので、「大変なことだ。」と人々が見舞ったが、騒ぐようすもない。「どうしたことか。」と人が言ったところ、向かい側に立って、家が焼けるのを見て、うなずいて、ときどき笑っていた。「ああ、とても得をしたものだ。長年下手に描いてきたものだな」と言ったので、お見舞いに来た人たちは、「これはまあどうしたことか、このようにお立ちになっているのか。あきれたことだなあ。物の怪でもとりつきなさったか。」と言ったので、「どうして物の怪などとりつくことがあろうか。長年不動明王の火炎を下手に描いていたのだ。今見ると、このように燃えるものだなあと、理解したのだ。これこそもうけものだよ。仏画の道を職業として世の中を生きてゆくには、仏様だけでもうまくお描き申しあげれば、百や千の家などすぐできるだろう。あなたたちこそ、これといった才能もお持ちでないから、物をおしみなさるのだ。」と言って、あざ笑って立っていた。

 そのこと以来であろうか、良秀が(描いた不動明王は)よじり不動と呼ばれ、今でも人々が称賛し合っている。

解説(ポイントのみ)

① これも今は昔、絵仏師良秀といふありけり。

「いふ」の後ろには体言が省略されている。

②家の隣より火出で来て、風おしおほひてせめければ、逃げ出でて、大路へ出でにけり。人の書かする仏もおはしけり。

「来」は連用形なので「き」と読む。「ば」は已然形に接続しているため「順接確定」。「の」は「が」に言い換えることができるため「主格」と判断する。

③また衣着ぬ妻子なども、さながら内にありけり。それも知らず、ただ逃げ出でたるをことにして、向かひのつらに立てり。

「ぬ」は未然形に接続しているため「打消」と判断する。「り」は「完了」の助動詞

④見れば、すでにわが家に移りて、煙、炎くゆりけるまで、おほかた向かひのつらに立ちて眺めければ、

「ば」は已然形に接続しているため「順接確定」。

⑤「あさましきこと。」とて、人ども来とぶらひけれど、騒がず。

「来」は連用形なので「き」と読む。

⑥「いかに。」と人言ひければ、向かひに立ちて、家の焼くるを見て、うちうなづきて、時々笑ひけり。

「ば」は已然形に接続しているため「順接確定」。

⑦「あはれ、しつるせうとくかな。年ごろはわろくかきけるものかな」と言ふ時に、とぶらひに来たる者ども、

「来」は連用形なので「き」と読む。「たる」は連用形接続なので「完了・存続」と判断する。

⑧「こはいかに、かくては立ちたまへるぞ。あさましきことかな。物のつきたまへるか。」と言ひければ、

「たまへ」は尊敬語で「人々から良秀」への敬意。「ぞ」は疑問の係助詞。「ば」は已然形に接続しているため「順接確定」。

⑨「なんでふ物のつくべきぞ。年ごろ不動尊の火炎を悪しくかきけるなり。

「の」は「が」に言い換えることができるので「主格」と判断。「べき」は文脈(取り憑くはずがあろうか)から「当然」と判断する。「ける」は「詠嘆」の助動詞。

⑩今見れば、かうこそ燃えけれと、心得つるなり。これこそせうとくよ。この道を立てて世にあらんには、

「けれ」は「詠嘆」の助動詞。「ん」は仮定の助動詞「む」が音便化したもの。

⑪仏だによくかきたてまつらば、百千の家も出で来なん。わたうたちこそ、させる能もおはせねば、物をもをしみたまへ。」

「だに」は限定を表す副詞。「たてまつら」は謙譲語で「良秀から仏」への敬意。たてまつら「ば」は未然に接続しているため「順接仮定」と判断する。「なん」は「ん」が推量の助動詞「む」が音便化したものなので、「な」は「強意」の助動詞と判断できる。「おはせ」は尊敬語で「良秀から人々」への敬意。

⑫と言ひて、あざ笑ひてこそ立てりけれ。その後にや、良秀がよぢり不動とて、今に人々愛で合へり。

「に」は下に「や」があるため「断定」と判断する。

練習問題(PDFダウンロード可能)

問題は

①本文中にある動詞・助動詞の確認問題(品詞分解)

②読解問題

の2パターンあります。

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学校で学習してない文法事項や知識があった場合は解かずに次の問題を解いてください。

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