【言語文化・古典探究】源氏物語 ~ 若紫 ~ 解説と練習問題(PDFダウンロード可能)

古典読解

源氏物語の「若紫・小柴垣のもと」の解説と問題を無料で閲覧・ダウンロードすることができます!

源氏物語とは

「源氏物語」は平安時代中期の1008年頃に紫式部によって書かれた作り物語です。

紫式部が活躍した時代は藤原氏による摂関政治の全盛期で、様々な貴族文化が誕生しました。

紫式部は一条天皇に入内した藤原彰子の女房(家庭教師のような役)として仕えました。

「源氏物語」は、誕生以前の作り物語である「竹取物語」「宇津保物語」「落窪物語」と歌物語である「伊勢物語」「大和物語」「平中物語」のよさを集めた集大成のような作品で、日本文学史上最高傑作と称されています。

※ 定期テストや入試で源氏物語より古い作品がよく出題されるので覚えるようにしましょう。

全五十四帖から成り、壺の第一帖から藤裏葉の第三十三帖までを一部、若菜上の第三十四帖から幻の第四十一帖までを二部、匂兵部卿の第四十二帖から夢浮橋の第五十四帖までを三部と大きく分けることができます。

内容は、一部と二部で平安時代の宮廷社会を舞台に、光源氏の生涯を、三部で光源氏の死後、子孫たちの生活が書かれています。

「若紫・小柴垣のもと」の大まかな内容

 18才になった光源氏は、病気にかかり、北山にある寺に加持を受けに行った。その時、一軒の僧坊を訪れると、藤壺に似た10才ほどの美しい少女がいた。この少女は、藤壺の兄、兵部卿宮の娘で、今は、母方の祖母である尼君のもとで養育されていた。源氏は、尼君に少女との結婚を申し込むが、断られる。失意の中、帰京した源氏は、藤壺と密会し、懐妊させてしまった。その後、少女とともに都に戻っていた尼君が病気で亡くなった。源氏は、兵部卿宮の先手を打って少女を連れ去り、理想の女性に育てることを目論む。

原文

 日もいとながきにつれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のもとに立ち出で給ふ。人々は帰し給ひて、惟光の朝臣とのぞき給へば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ、尼なりけり。簾少し上げて、花奉るめり。中の柱に寄り居て、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、面つきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりも。こよなういまめかしきものかなと、あはれに見給ふ。

 清げなる 大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなれたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

 「何事ぞや。童べと腹立ち給へるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。」とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、「例の心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。鳥などもこそ見つくれ。」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言乳母とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし。

 尼君、 「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。おのが、かく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを心憂く。」 とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。

 面つきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れるが、まもらるるなりけりと思ふにも涙ぞ落つる。

 尼君、髪をかきなでつつ、 「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。ただ今、おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

  生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき

またゐたる大人、 「げに。」 とうち泣きて、

  初草の生ひゆく末も知らぬ間にいかでか露の消えむとすらむ

と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、 「こなたはあらはにや侍らむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の、わらはやみまじなひにものし給ひけるを、ただ今なむ聞きつけ侍る。いみじう忍び給ひければ、知り侍らで、ここに侍りながら、御とぶらひにもまうでざりける。」 とのたまへば、 「あないみじや。いとあやしきさまを人や見つらむ。」 とて簾下ろしつ。 「この世にののしり給ふ光源氏、かかるついでに見奉り給むや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢伸ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ。」 とて立つ音すれば、帰り給ひぬ。

 

現代語訳

 日もたいそう長く退屈なので、夕暮れ時でひどく霞がかっているのに紛れて、あの小柴垣の所に出て来なさる。従者たちはお帰しになって、惟光の朝臣とのぞき見なさると、ちょうどこの西に面した部屋に、持仏をお置き申し上げて勤行するのは尼であった。御簾を少し上げて、花を供えているようだ。中央にある柱に寄りかかって座り、肘掛けの上に経をおいて、たいそう気分が悪そうに読経している尼君は、官位が低い人には見えない。四十歳すぎほどで、とても色が白く上品で、やせてるが、顔つきはふっくらとしていて、目元や、きれいに切りそろえられた髪の端も、かえって長いよりもこの上なく現代t的なものだなあと、しみじみとご覧になる。

 すっきりとして美しい年配の女房が二人ばかり、それから子どもが出入りして遊んでいる。その中に、十歳ほどであろうと見えて、白い下着に、山吹襲などで着慣れて柔らかくなっているのを着て走って来た女の子は、たくさん見えていた子どもたちとは比べようもなく、たいそう成長後の姿が想像できて、いかにも可愛らしい感じの容貌である。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔はこすってひどく赤くして立っている。

「どうしたのですか。子どもたちとけんかをなさったのですか。」といって尼君が見上げた顔に、少し似ているところがあるので、子どもなのであろうとご覧になる。「雀の子を犬君が逃がしてしまったの。伏籠の中に入れておいたのに。」と言って、とても残念だと思っている。この座っている女房が、

「いつものうっかり者が、こんなことをして叱られるのが、本当に気に入りません。どこへ行ってしまったのか。だんだんとても可愛らしくなっていたのに。烏などが見つけたら大変だ。」と言って立って行く。髪はゆったりとして、とても長く、見苦しくない人のようです。少納言の乳母と人が呼んでいるらしいその人は、きっとこの子の世話役である。

 尼君は、「まぁ、なんと幼いこと。頼りなくいらっしゃるのですね。私がこのように今日明日かと思われる命なのを、なんともお思いにならないで、雀を追いかけていらっしゃるなんて。罪を受けることだと、いつも申し上げているのに、情けないわ。」言って、「こちらへ。」と言うと、膝をついて座った。

 顔つきはたいそうかわいらしく、眉のあたりがほんのり美しく見え、あどけなくかき上げている額の様子、髪の生え際が、たいそうかわいらしい。成長していく様子を見てみたい人だなと、目がとまりなさる。というのも、この上なく恋い慕い申し上げている人に、大変よく似申し上げているので、自然と見つめてしまうものだなあ、と思うにつけても、涙がこぼれる。

 尼君は、髪をかきなでながら、「とかすことを嫌がりになるが、きれいな御髪ですね。本当に幼い有様でいらっしゃるのが、かわいそうで気がかりです。これくらいになれば、本当にこんなではない人もいるのに。亡くなった姫君は、十歳ぐらいで父に先立たれなさったころには、とても道理を理解していらっしゃった。たった今私が死んでしまったならば、どのようにして世の中にいらっしゃるのというのでしょう。」といって、たいそうお泣になるのをご覧になるのも、なんということもなく悲しい。幼心にも、そうはいってもやはりじっと見つめて、伏し目になってうつむくに、垂れかかっている髪は、つややかに美しく見える。

  成長していく場所もわからない若草を、後に残して消えていく露は、消えようにも消えようがない。

もう一人の年配の女房は、「本当に。」と泣いて、

  初草が成長していく将来もわからないうちに、どうして露は消えようとなさるのでしょうか。

と申し上げているうちに、僧都が向こうから来て、「こちらは丸見えではありませんか。今日に限って端にいらっしゃったものですね。この上の聖の方に、源氏の中将が瘧病の祈願においでになったことを、たった今聞きつけました。たいそう人目につかないよういらっしゃったので、存じませんで、ここにおりながら、お見舞いにも参上しませんでした。」とおっしゃると、「まぁ大変。たいへんみっともない様子を、誰か見てしまっただろうか。」と言って簾をおろしてしまった。「世間で評判が高くていらっしゃる光源氏を、このような機会に拝見なさいませんか。俗世を捨てた法師の心の中にも、たいそう世間の不安を忘れて、寿命が延びるような様子です。さあ、ご挨拶申し上げよう。」と言って立つ音がするので、お帰りになりました。

解説(ポイントのみ)

①日もいとながきにつれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のもとに立ち出で給ふ。

「たる」は連用形に接続しているため、「存続」の助動詞。「小柴垣」は枝などで作られた小さな垣根。「給ふ」は尊敬語で、「作者から光源氏」への敬意。

②人々は帰し給ひて、惟光の朝臣とのぞき給へば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ、尼なりけり。

「給ひ」と「給へ」は尊敬語で、「筆者から光源氏」への敬意。「奉り」は謙譲語で、「筆者から仏」への敬意。「なり」は体言に接続しているので「断定」の助動詞。「けり」は「詠嘆」の助動詞。

③簾少し上げて、花奉るめり。中の柱に寄り居て、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。

「奉る」は謙譲語で。「筆者から仏」への敬意。「たる」は連用形に接続しているため「存続」の助動詞。

④四十余ばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、面つきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりも。こよなういまめかしきものかなと、あはれに見給ふ。

ばかり「に」は体言に接続しているため「断定」の助動詞。そが「れ」は主語が「髪」になるため「受身」の助動詞と判断できる。「たる」は連用形に接続しているため「存続」の助動詞。「給ふ」は尊敬語で、「筆者から光源氏」への敬意。

⑤清げなる 大人二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなえたる着て、走り来たる女子、

「ぞ」は強調の係助詞で、結びの語は「遊ぶ」。ばかり「に」は連用形に接続しているため「断定」と判断。「や」は疑問の係助詞で、結びの語は「む」(推量)。「の」は同格。「女子」は「おんなご」と読む。

⑥あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えてうつくしげなる容貌なり。髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

「べう」は当然の助動詞「べし」が音便化したもの。「容貌」は「かたち」と読む。「なり」は体言に接続しているため「断定」。「たる」は連用形に接続しているため「存続」。

⑦「何事ぞや。童べと腹立ち給へるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見給ふ。

「や」は疑問の係助詞で、結びの語は省略されている。「給へ」は尊敬語で、「筆者から若紫」への敬意。「る」は已然形接続で「完了」。「か」は疑問の係助詞で、結びの語は省略されている。「なめり」は「断定」と「推定」の助動詞が音便化したもの。「給ふ」は尊敬語で「筆者から光源氏」への敬意。

⑧「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。」とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、

「伏籠」は「ふせご」と読む。「たり」と「たる」は連用形に接続しているため「存続」。

⑨「例の心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。鳥などもこそ見つくれ。」とて立ちて行く。

例「の」は「ように」と訳すので連用格。「るる」は「受身」の助動詞。「こそ」は強意の係助詞で。結びの語は「心づきなけれ」。「か」は疑問の係助詞で、結びの語は「ぬる」。「まかり」は謙譲語で、「女房から尼君」への敬意。「つる」は連用形接続なので「完了」。「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「見つくれ」。「もこそで」で「~すると困る」という意味。

⑩髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言乳母とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし。

「なめり」は「断定」と「推定」の助動詞が音便化したもの。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「める」。「なる」は体言に接続しているため「断定」。「べし」は「推量」の助動詞。

⑪尼君、 「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。おのがかく今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひ給ふほどよ。

し「給ふ」は尊敬語で「尼君から若紫」への敬意。「思し」は尊敬語で「尼君から若紫」への敬意。「たら」は連用形接続なので「存続」。「給ふ」は尊敬語で「尼君から若紫」への敬意。

⑫罪得ることぞと、常に聞こゆるを心憂く。」 とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。

「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「聞こゆる」。「聞こゆる」は謙譲語で「尼君から若紫」への敬意。

⑬面つきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。

「面つき」は「顔つき」のこと。「たる」は連用形に接続しているので「存続」。

⑭ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ。さるは、限りなう心を尽くし聞こゆる人に、いとよう似奉れるが、まもらるるなりけりと思ふにも涙ぞ落つる。

「む」は文中にあるため「婉曲」と判断する。「給ふ」は尊敬語で、「筆者から光源氏」への敬意。「聞こゆる」は謙譲語で、「筆者から藤壺」への敬意。「奉れ」は謙譲語で、、「筆者から藤壺」への敬意。「るる」は自発動詞に接続しているため「自発」。「なり」は連体形に接続しているため「断定」。「けり」は「詠嘆」の助動詞。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「落つる」。

⑮尼君、髪をかきなでつつ、 「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や。いとはかなうものし給ふこそ、あはれにうしろめたけれ。

「給へ」と「給ふ」は尊敬語で、「尼君から若紫」への敬意。「こそ」は強意の係助詞で、結びの語は「うしろめたけれ」。

⑯かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れ給ひしほど、いみじうものは思ひ知り給へりしぞかし。ただ今、おのれ見捨て奉らば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、

かから「ぬ」は未然形接続なので「打消」と判断。「給ひ」と「給へ」は尊敬語で、「尼君から故姫君」への敬意。「奉ら」は謙譲語で、「尼君から若紫」への敬意。「おはせ」は尊敬語で、「尼君から若紫」への敬意。「む」は「意志」の助動詞。

⑰いみじく泣くを見給ふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

「給ふ」は尊敬語で、「筆者から光源氏」への敬意。「たる」は連体形に接続しているため「存続」。

⑱生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき

「む」は「推量」の助動詞。「ぬ」は未然形に接続しているため「打消」。「ぞ」は強意の係助詞で、結びの語は「なき」。「若草」は「幼子」を表し、「霧」は「尼君」を表している。

⑲またゐたる大人、 「げに。」 とうち泣きて、

「たる」は連体形に接続しているため「存続」。

⑳初草の生ひゆく末も知らぬ間にいかでか露の消えむとすらむ

「ぬ」は未然形接続なので「打消」と判断。「か」は疑問の係助詞で、結びの語は「らむ」。「若草」は「幼子」を表し、「霧」は「尼君」を表している。

㉑と聞こゆるほどに、僧都あなたより来て、 「こなたはあらはにや侍らむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、

「聞こゆる」は謙譲語で、「筆者から尼君」への敬意。「や」は疑問の係助詞で、結びの語は「む(推量)」。「侍ら」は丁寧語で、「僧都から尼君」への敬意。「おはしまし」は尊敬語で、「僧都から尼君」への敬意。

㉒源氏の中将の、わらはやみまじなひにものし給ひけるを、ただ今なむ聞きつけ侍る。いみじう忍び給ひければ、知り侍らで、ここに侍りながら、御とぶらひにもまうでざりける。」 とのたまへば、

「給ひ」は尊敬語で、「僧都から光源氏」への敬意。「なむ」は強意の係助詞で、結びの語は「侍る」。「侍る」は丁寧語で、「僧都から尼君」への敬意。「給ふ」は尊敬語で、「僧都から光源氏」への敬意。「侍り」は丁寧語で、「僧都から尼君」への敬意。「まうで」は謙譲語で、「僧都から光源氏」への敬意。

㉓「あないみじや。いとあやしきさまを人や見つらむ。」 とて簾下ろしつ。 「この世にののしり給ふ光源氏、かかるついでに見奉り給はむや。世を捨てたる法師の心地にも、

「や」は疑問の係助詞で、結びの語は「らむ」。「給ふ」は尊敬語で、「僧都から光源氏」への敬意。「奉り」は謙譲語で、「僧都から光源氏」への敬意。「給ふ」は尊敬語で、「僧都から尼君」への敬意。「む」は「勧誘」の助動詞。

㉔いみじう世の憂へ忘れ、齢伸ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ。」 とて立つ音すれば、帰り給ひぬ。

「なり」は体言に接続しているため「断定」。「聞こえ」は謙譲語で、「僧都から光源氏」への敬意。「む」は「意志」の助動詞。「給ふ」は尊敬語で、「筆者から光源氏」への敬意。「ぬ」は連用形接続なので「完了。」

練習問題(PDFダウンロード可能)

問題は

①本文中にある動詞・助動詞の確認問題(品詞分解)

②読解問題

の2パターンあります。

無料でダウンロードすることができます!(できない場合は連絡ください。)

学校で学習してない文法事項や知識があった場合は解かずに次の問題を解いてください。

源氏物語「若紫・小柴垣のもと」  品詞分解 問題①

源氏物語「若紫・小柴垣のもと」  品詞分解 問題②

源氏物語「若紫・小柴垣のもと」 読解問題①

源氏物語「若紫・小柴垣のもと」 読解問題② 

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